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2010年 08月 17日

昭和の時代の田舎のお嫁さん業

昨日 やっと実家のお墓と母の実家のお墓にお参りし ホッとする

長男の嫁は 何しろ 実家は常に後回しで 結婚38年 埼玉からお盆には 長男の嫁業をするのがメインでした。
 時々 顔も見たことの無い夫のご先祖さんや血の繋がらない親戚のために朝から晩まで埼玉から長時間電車に乗って来て即お嫁さん業に突入することに違和感を感じたこともあった
お盆の日など若かったので義弟達も一家で夏休みを兼ねて集まり泊る人数が 時には16人。。朝から御膳の支度でヘロヘロ。。

その頃はメニュウも決まっていて お昼は 素麺と塩鱒の焼き物と胡瓜の酢の物 後は野菜の天ぷら

夕食は 焼き物は義母の好きな イカのポッポヤキを15匹 七輪で焼くのです 娘を身ごもってた妊娠8ヶ月の大きなお腹で下流し『土間)で 暑い中を焼くのはとても大変でした 義母は座敷でお昼寝で姑気分を楽しんでいられましたね。。
お刺身は魚屋さんが時間になったら届けてくれましたが 煮物は『たいてい 焼き豆腐と人参 塩出しした蕗の焚き合わせ』 酢の物はモズクと決まってました。

一方私の実家は核家族で 母は北海道の伯父の家でお寺と政治家をする贅沢な暮らしをしてたので毎日の食生活は今の都会の人と同じようだったし 父も台湾で教師をしてたので 考え方や暮らし方がまるっきり田舎の農業が盛んで現金収入の無い近所の質素な生活とは違った。

 夫の家は旧家とはいえ 農村地帯の質素な食生活で目を回すくらいでしたが 年に数回の同居 お盆が過ぎて実家に帰ると両親が私の好物を並べて歓迎してくれるので 我慢ということも無くこんなものだと納得していました。

ただ お風呂は 序列が決まってて
 先ず義父が そして長男『夫』 次男 三男 そして姑 二男の嫁 三男の嫁合間に 甥っ子達が入り 私は常に終い風呂で12時近くになることも時々でした 当時は 檜のお風呂で最後の人 つまり私がお風呂を掃除して出ないと 檜の浴槽がぬるぬるして駄目になるので どんなに眠いからお風呂はパス!と思っても入らねばなりませんでした。
ぬるくなった しかも10数人が使ったお風呂には 正直入りたくは無かったですね・・・
20年位前まではお風呂はそんな風でした。

でも そのうちに 義父が大変だろうと お盆はお料理屋さんや 仕出し屋さんから 仕出しを取ってくれるようになり夕食は楽になりましたが ここ数年のうちにその二軒のお料理屋さんもお店止めてしまい 不味いスーパーのオードブルも食べたくないし 最近は多くても8人くらいになり 私流のお料理でお盆を愉しむようになりました。
また 両親も亡くなり 弟達も甥っ子達にお嫁さんが着たりして 実家に来ても泊ることも無くなり世代交代し楽になりました。

 今となっては懐かしい 昭和から平成の流れすら感じます。 姑も新婚時代は東京でルンルンでしたが空襲がひどくなり田舎に帰ってきてのお祖母ちゃんとの同居でしたので 一年に数回の嫁との暮らしではやはり 姑風を吹かしたかったのだろうと思えますし 娘を持っていないのと田舎では 嫁は家の働き手という観念が強かったのでしょう『これが当たり前だったのです』    何となく昔を思い出しました
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by htokuyama3 | 2010-08-17 08:22 | Comments(2)
Commented by moriann at 2010-08-24 05:50
なんでもおできになる美波さん・・旧家の嫁聞こえはいいけど影でこんなご苦労なさってきたんですね・・本当にご苦労様でした
Commented by 美波 at 2010-08-24 08:40 x
ば~ばさん 今のお嫁さんなら絶対我慢しないと思いますよ
今となってはこんな風にさらっと 書けますけれど ご苦労様なんて言ってもらえて 嬉しい!


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