今日も元気一杯!

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2005年 12月 04日

物々交換の季節

この季節は お歳暮は 定年退職を機に 仕事関係のお付き合いは終了したので あまり来ないが その代わり 長年の友人たちからの 季節限定や 産地名産を 頂くことが多くなった

  我が家からは  春や夏には 竹の子や山菜を 冬には 夫婦で作る 名産の ころ柿や 庭の銀杏などを 友人たちに送る

 
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e0014991_11213277.jpg私も夫も 友人は多く しかも 全国にいる お陰で 沖縄からは 冬は 活け車えびが 夏には マンゴーが届く

  先日来 岐阜からは 柿が 新潟からは ルレクチェが届いたし 昨日は 博多明太子が・・・ そろそろ 高知の友人からは ご夫婦で作られる甘いみかんが届く・・

   地元のぶどう園のご夫婦の作られる 夏のぶどうも 天下一品!
 何歳まで生きられるか分からないが やはり美味しいものを 自分の口で味わえられるのは至福の時間だ
儀礼的なお歳暮を卒業し 今は ハートtoハートの物々交換が嬉しい季節である

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# by htokuyama3 | 2005-12-04 11:08 | Comments(1)
2005年 12月 03日

忙しい時は

寝しなに ふと気が付いた・・明日のパンがない!

 パンケーキミックスも買ってあるけれど やっぱり パンのほうがいいなあ・・

最近は 短時間で1次発酵まで出来る パンコネ機を買ったので 一寸早めに起きればいいのだが 近ごろ ころ柿つくりに忙しく おまけに 朝は 寒いので 早起きの自信がない・・

    そこで 久々の登場! パン焼機

   かくして 目覚めるころにはキッチンから美味しいパンの匂いがしました。
        
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たまには 手抜きもいいなあ・・

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# by htokuyama3 | 2005-12-03 11:00 | Comments(2)
2005年 12月 02日

初雪

最近の天気予報は よく当たる

  
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朝 起きたら うっすらと 初雪が・・・
庭の はぜの木が 今年は紅葉するのが遅くて もみじや 楓はとっくに赤くなり そして
散ったと言うのに やっと 紅くなってきた
その はぜにうっすらと 初雪がつき 遅い紅葉に 華を添えた感じ・

師走に入り 初雪も降り いよいよ 本格的な冬の到来だ

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# by htokuyama3 | 2005-12-02 19:13 | Comments(0)
2005年 11月 29日

紅葉に寄せて

ネット仲間が 紅葉の写真に 寝転んでみたい。。との書き込みがあったような気がする
同じ感性を持つ方らしい
埼玉の狭い我が家の庭に  イチョウと 桜の木があった 桜は毎年 道を通る人が ”いながらにして花見が出来てよろしいですねえ。。”というくらい 毎年見事に花を咲かせた

 秋になると 赤く紅葉した葉っぱが一面を敷き詰めて 道路から玄関までの3段の石段をカサッカサと音を立てると何ともいえない風情がして おまけに黄色いイチョウの葉っぱとのコントラストが大好きだった

 あるとき 親ほどの歳の お弟子さんがお花のお稽古に来て 先生 私がお掃除して差し上げるわ・・という え? 何処を? というと 枯葉が一杯で・・・私は あらぁ~ この 音が良いのよ
素敵じゃない?  お弟子さんは小首をかしげて そうですかぁ???

 後日 そのお宅に お茶に招かれて伺ったら お庭もお宅もチリ一つなく きれい・・
でも なんか居心地悪かったなあ・・

 友人たちは我が家に来ると 実家に帰ったようで お尻に根が生えちゃった ゆったりして居心地良いわ。。と よく言う今日も茶の間から イチョウの黄色い葉っぱが 舞い散っているのを
ボ~~ッと 見てる 私 決して暇ではないのだが そんな時間が大好きだ
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# by htokuyama3 | 2005-11-29 23:19 | Comments(3)
2005年 11月 29日

我が家で紅葉見物

連日 テレビの旅番組を横目に 喪中だから。。と夫の 出かけたい気分をなだめている
一体 誰の親が亡くなったの? 
まるで 慰めるように 我が家の庭の もみじや 楓が綺麗に色ついているe0014991_0151773.jpg
庭から 裏手の 墓地や 栗畑にかけて 先祖が植えた数種類の紅葉が沢山ある
墓地への階段状の小道は 両側の紅葉が落ちて 赤い絨毯のようだ
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 毎日見てても飽きない 誰か遊びに来ないかなあ?と思うが 近くに気楽に遊びに来てくれる友人がいなくて残念!
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# by htokuyama3 | 2005-11-29 00:21 | Comments(3)
2005年 11月 19日

寒いと 多いお葬式

義母が 亡くなってから まだ1ヶ月にもならないのに 身の回りに やたら 亡くなる人が多い
ここ数日 北陸地方は 晴れた日が なくて みぞれや あられ 雷 雨 おまけに 気温が4度とか・・・
体の弱ってる人には 厳しい季節なのだろう

ご近所のオジイチャマ 81歳 次は 夫の同級生 これは 脳梗塞 61さい そして

一昨日は 実家の母の姉  私にはたった一人の伯母が 91歳で亡くなった
母と伯母は 7歳しか離れていないのに ずっとすごく歳の離れた人だと思っていた
旧制女学校に入ったばかりで 祖母の実家の跡取りが亡くなり お寺を継ぐために 女学校を中退して養子を向かえ 若くしてお寺の坊守りになり 4男3女 を産み 田舎の貧乏寺を守ってきた。 

都会の金儲けのお寺と違い お布施などは すべて お心ざしなので お洒落もせずに 子供たちを育てるのに 教育費などは 待ったなしなのでいつも大変だといっていた 

だから 母とは10歳くらい離れているとばかり思っていた
脳梗塞で 10年近く 殆ど意識不明のような状態で入院していたので 寂しさよりもみんな ホッとしている
長生きも 健康であれば素晴らしいが 寝たきりや 意識不明では 本人も家族も辛い物がある
これも 医学の進歩によるのだが  1ヶ月以内に4回のお葬式も すごいなあ。。

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でも 若い人のお葬式は かなり 厳しいものがあるが 大往生のお葬式は 久しぶりに 親戚に会えたり えにしを感ずる 集いでもあり 親族の絆や 知らなかったつながりを知る良い機会でもある 

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# by htokuyama3 | 2005-11-19 12:08 | Comments(3)
2005年 11月 14日

ホロリ

義母が 亡くなって 19日 色々な 手続きなどもようやく終えて
病院の支払いに行ってきた

 この病院には かれこれ 13年くらいの間に10回以上 入退院をしていたので
顔見知りの看護師さんや ヘルパーさんも多い

 たまたま マタ従兄弟の女医さんが主治医だったのもあり 馴染みが深い

 御礼を持って 挨拶に伺ったら  ”よく 東京からもなんども面倒を見にきてらしたし
大変だったわね” といってもらい

 今までは つらい闘病生活からやっと開放されて
義母は 楽になれてよかった。。という思いが強く 寂しさよりも 達成感というか まだ 初めてのことばかりで 泣くゆとりも なかったのだろうが 義母の闘病生活を ともに支えていただいたという 同士からの 労わりをもらったような気がして 思わず ほろり・・と熱いものがこみ上げてきた。 

 帰り道 兼六園を横目に この坂を何度 車で走ったかしらねえ・・と夫と 話した
多分 もう あまり来ることもないだろう
私の高校3年間もこの道を バスで通った 懐かしい町でもある 
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# by htokuyama3 | 2005-11-14 22:47 | Comments(2)
2005年 11月 13日

韓国の味

白菜の美味しい季節になった 最近 韓国ドラマが気に入って よく見る
そこで キムチを漬けたくなった

 新婚時代の家の近所に 北朝鮮から来たオジさん夫婦に気に入られて よく美味しい本場の焼肉などを夫の出張のときなど ご馳走になった。

 そのおり 美味しいキムチをご馳走になり こんなの食べたことがない!といったら
教えてあげよう・・と本格的なキムチつくりを習った

 材料も 東上野の 朝鮮市場?(朝鮮料理の材料や チマチョゴリ屋さん 焼肉やなどが」集まっている町)に材料を買いに行くところから教えていただき よく作ったことを思い出した

 石川県には そこに使う アミ塩辛や 数種類の唐辛子粉 など なかなか材料の入手が難しいので 関東の友人に材料の入手を頼んだら 築地市場や 他のところなど 3箇所も探しに行ってくれて きょうその材料が届いた

 e0014991_23132384.jpgもつべきものは友人!明日は 分家の叔父さんの畑の白菜をおねだりしよう
美味しいのができたら キムチでお返ししよう・・・

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# by htokuyama3 | 2005-11-13 23:02 | Comments(2)
2005年 11月 01日

後始末 1

人一人がこの世を去るのは 始末をつけることが一杯あるということを知らされた
先ず 死亡届などの葬儀にかかわることは 葬儀社がやってくれたので よくわからないが

健康保険証関係の返還 (義母は 難聴のため 身障者手帳をもらってたので それや 老人保険証なども含む)

 国民年金に関すること どうやら 義父に何がしかの遺族年金が行くらしく 老人ホームに入居した時季が別々だったので 住民票を別々に出した関係から 同じところに入居してても世帯が別だったので 夫婦である証明が必要で 本籍地の戸籍謄本が必要になったり

 銀行口座が凍結されてるため 入院費の身障者の補助金が義父のところに入るにも 同じく 夫婦という証明のため 戸籍謄本が必要。。

現住所は 金沢市の老人ホーム 本籍地は田舎の町役場での証明と いろいろなところに足を運ばねばならない そのうちに 銀行の解約にも今度は 相続権のある人間のハンコが居るらしい。。もっとも 口座には¥700余しかないのだが・・

お葬式がすんだら すぐに することがこのようにあり のんびりしてられない
おまけに 一日 役所回りして帰宅すれば 親戚のものが お線香をあげに来てくれ
その後は 一献。。と酒盛りになる   う~~~~んん 疲れがピークだ~~

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# by htokuyama3 | 2005-11-01 22:03 | Comments(0)
2005年 10月 31日

義母のこと

義母は京都女子大出の 才媛で 結婚するまで 高校の家庭科教師をしてたのが 自慢だったが 勉強と実践は別物で 家事は殆ど苦手だった 几帳面で お料理には必ずメジャースプーンで調味料を量って作った 私が作る料理に いつも ママ美味しいわ。。この塩分は何%?と聞く 私は そんなの適当ですよ・・塩梅 塩梅・・ どっちが若い嫁で どっちが 姑なんだか・・という始末だった
でも几帳面なので 本を見て とても時間をかけて 手編みでセーターや テーブルセンターなどを編むのだが 網目もきっちりとして 数は少ないが 孫に 編みぐるみや クッションなどを編んでくれたが そういうものは上手だった。

息子3人で娘が居なかったのと 長男の嫁は家の者という気持ちなので 私には甘えっぱなしだった。

あるとき ”子供も男 女 2人出来たから(私の子供のこと) これからは嫁として 田舎で暮らして欲しい” という ”パパはどうするんですか?” と聞くと ”あの子は一人でも大丈夫だから ママは子供とこちらで暮らして欲しい”と言うのです ”どうして?” というと ”私はお父さんだけの妻で居たいから” ”あら いまでも お父さんだけの妻でしょう? 高橋宣子さんのように 国連大使ならともかく いまもこれからも 主婦じゃ有りませんか?”というと  ”主婦はもう嫌なのよ。。”と
そんなことを 本気で言う 可愛いお母さんでした。
勿論 その件は お断りしたけれど ホンワカした思い出です。

結婚して 東京で暮らし 戦争で田舎に戻り 姑に仕え 戦後は 農地解放で贅沢な暮らしを出来なくなり 以来 心の病ともお付き合いして あまり笑顔を見たことがなかったけれど

 最後は 本当に幸せな時間を ちゃんと神様や仏様は与えてくださるのですね 終わりよければ全て良し。。と言う言葉が実感の 義母の終焉の時だった 色んな我が儘も今は 懐かしく 愛おしくて 小説が数冊書けるような思い出が一杯だけれど 嫁姑 良い関係で終れて 良かったですね御義母さん。。

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# by htokuyama3 | 2005-10-31 21:58 | Comments(0)